僕は彼女と一緒にお互いに両親に挨拶にしに行った時のことを思い出すことで、あることに気づいた。 彼女は、あの時僕を試した。 直接言うこともできただろうに、あえてその方法をとった。 彼女は不安だったのに、ただひたすら待っていてくれた。 それは、僕を信頼してくれているからできることではないか? もしそうなら、僕は今回も彼女のその思いに応えたい。 さらには、無理やり言わされた言葉ではなく、僕の本心からの言葉だからこそ、彼女は安心できるのではないだろうか。 きっとなんで『きゅんとさせて』と言い出したのか聞くと、優しい彼女は答えてくれる。 でも、求められるままの言葉を言うことが正しいわけではない。いや、彼女が求めているものは、本当はそのようなものではない。 結婚の報告の話を思い出すことで、僕がこの『イベント事』の日を通して、自分で何かを見つけ出し、彼女を安心させないといけないと改めて思った。 太陽が燃え上がるような夏が訪れてきた。 僕たちは、今隅田川に花火を見にきていた。 なぜ来ているかは、少しだけ時間を巻き戻す必要がある。 七月に入り、夏の暑さにすでにやられている時のことだ。 写真を撮るのが好きな彼女なら、花火も写真に撮りたいと思うかもと僕は考えた。最近の僕は、彼女にもっと喜んでもらいたいと思うようになってきている。 だから「近々花火でも見にいかない?」と僕は彼女に話しかけた。 「行きたい行きたい!」と彼女からかなりのハイテンションの返事が返ってきた。 さらに、「行くならやっぱ日本一のところがいい」と彼女は早口で続けて言ってきた。 僕はきっとその言葉にも、何か意味があるんだろうと思った。 『言葉』について、僕は今までその言葉を言う理由を深く考えることはなかった。 でも少しずつ、考えられるようになってきた。これも彼女が『イベント事』の日を作ってくれたおかげだ。 だから「いいよ、そこに行こう」と言って、今に至る。 僕たちは浴衣を着て、花火大会に来た。 僕は浴衣を着るのは初めてだ。 彼女が浴衣を人に着させることも自分で着ることもできるから、準備は全て彼女に任せた。 僕は普段は自分のことは自分でしている。だから、準備を完全に任せることはないので、なんだか不思議な感じだった。少し落ち着かない気分だ。 でも、それをしていた時の彼女
彼女に告白されてからしばらく経った時のことを僕は思い出した。 突然の告白から始まった僕たちの恋は、その後も順調に仲を深めていった。 有名なデートスポットから彼女が「行きたい」と行った場所まで本当に様々なところに行った。 どこにいっても彼女は楽しそうにしていて、「またすぐにでもデートに行きたい」という気持ちにさせてくれた。 九月ごろには、結婚のことが二人の間で自然とよく話に上がるようになった。 互いの親に挨拶しにいくこととなった。 まずは僕の親の方に、事前に「話がある」とだけ言っておき、二人で挨拶しに行った。 僕は親と仲はいい方で、今も簡単な近況報告などをメールで定期的にしている。 僕は大学に入ると、一人暮らしを始めた。 それから大学卒業後も家の近くではあったけど、一人暮らしをずっと続けていた。 仕事をしながら、家事もすることは正直大変なことだった。 でも、年齢だけじゃなく、内面も立派な大人に早くなりたかった。「ただいま」と僕が実家のドアを開けると、お母さんが、笑顔で出迎えてくれた。 年に一度は実家に帰っているけど、この温かい雰囲気が僕は好きだなといつも感じる。 彼女のことを玄関で簡単にお母さんに説明し、僕たち二人家の中に入っていった。「お父さん、お母さん、今日は大切な話があって来た」 僕は早速話し始めた。 なかなか言い出さないと、その分だけ彼女の緊張は増すと思ったからだ。 お母さんは僕たちにお茶を出してくれた後、お父さんの横に静かに座った。「こちらは山吹 花音さん。今お付き合いをしていて、十一月に結婚しようと思っている」 僕がそう言った後、彼女は「山吹 花音と申します。ご挨拶に来るのが遅くなり申し訳ございません。瑞貴さんとはお付き合いさせて頂いております」とバタバタと挨拶をした。 全身から緊張しているオーラが出ている。 でも、「普通そうなるよね」と僕は思った。だって、彼女にとってこの場には、自分の知り合いは一人もいないのだから。 だから、僕は彼女に小声で「大丈夫だよ」と伝えた。「それは突然の話ね。瑞貴、結婚するの?」 お母さんは少し驚いていた。でも、嫌そうな感じは全然なく、優しい声でそう聞いてきた。 僕はお母さんに性格が似ていると小さな頃から周りの人に言われていた。「うん、そう。いきなりと感じるかしれないけ
梅雨入りはまだしていないけど、雨の日がだいぶ増えてきた。 夜の雨は少し静けさがあって僕は好きだ。 僕は今傘を差しながら、駅から家に向かっている。 会社から家までは電車で一駅とかなり近い。僕は単純に近い方が通いやすいし、家での時間も長くとれると思い、会社の近くに家を建てた。 たまたまだけど、そのおかげで今は彼女と過ごす時間をたくさんとれている。 彼女のことを知るためには、時間が必要だとわかった。 僕は中小企業で、経理の仕事をしている。経理は数字を扱う仕事だ。だから、一つでも数字が合わないと、ダメなシビアな仕事だ。 それなのに、僕は彼女との大切な日には無頓着で、ほとん気にかけていなかった。 彼女に申し訳ない気持ちが日に日に大きくなってくる。 今からでもまだ変えられることがあるなら、僕は積極的に変えていきたい。 今彼女とのことでわかっていることは、考え方がすごく似ているということだ。 彼女がいつも『イベント事』の日に力説することは、強引なところもあるけど、僕も納得がいく時がほとんどだから。 他にも、笑いの感性も似ている。 そんなことを考えているうちに、家に着いた。「ただいま」「おかえり、ダーリン」「ダーリン!?」「そんなに驚いてどうしたの? いつもそう呼んでるじゃない?」 彼女はおかしなことなんて何もない、むしろ僕の方がおかしいという目でじっと見てくる。 いやいや、僕は間違えてないからね! と僕は負けじと見つめ返した。「うん、あっ、そうだったね」 僕は諦める覚悟を少しずつもってきていた。「もぅ。ダーリンは、忘れっぽいんだから」 彼女は体をクネクネさせていた。 「私、運動音痴だし、身体も固いのよ」と付き合っていた頃に言っていた。 「いや、身体柔らかいじゃん」とツッコみたくなるぐらい、見事な身体の動きだ。 彼女が今日こんなに甘えてくる理由は、さすがの鈍い僕でもわかっている。 今日六月四日は、僕たちの付き合った記念日だ。「ダーリンならもうわかってると思うけど、今日は『イベント事』の日だよ」「わかっているよ、花音ちゃん。今日は僕たちが付き合った記念日だよね」「ん? 『花音ちゃん』じゃないでしょ? ちゃんといつもの呼び方で呼んでよ」 ダーリンの相方といえば、アレしかない。 今回の甘え方は、僕も巻き添いをくらう系なの
怒涛の二日連続『イベント事』の日から、一ヶ月が経った。 僕はいつも彼女に驚かされてばかりの僕ではないと意気込んでいた。 驚かしている意図もわかったので、今度は僕が逆に驚かそうと思った。 彼女にも楽しい思いをしてもらいたいから。 だから、僕は次の『イベント事』の日がいつなのか目星をつけた。 そして、彼女が「今日は『イベント事』の日だよ」と言う前に、僕が先に言おうと考えた。 きっと彼女は『気づいてくれたの!?』と大喜びしてくれるはずだ。 いつの間にか僕は『イベント事』の日を楽しむようになっていた。 今日はゴールデンウィークで、こどもの日でもある。 僕の予想では、必ず『イベント事』の日に該当する。 しかも、彼女の好きな『合算』を使っているのだから間違いない。 抜かりのないように、なぜ今日が『イベント事』の日に該当するかの説明も考えておいた。 晩ごはんを食べ終わった後で、僕は彼女に何の脈絡もなくこう話しかけた。「今日は『イベント事』の日だよね」「えっ!?」 彼女は僕の突然の言葉に、びっくりしている様子だ。「よし、いい調子だ」と心の中でガッツポーズをした。「僕だって、わかるのだから。ちゃんと何で今日が『イベント事』の日になるのか理由もあるから、とりあえず聞いてよ。まずはゴールデンウィークとこどもの日の合算だよ。そして、何で『イベント事』の日になるのかは、結婚してもいつまでも子どものような心をもったままの二人でいようという意味があるからだよ」 僕は自信満々に話した。「瑞貴ちゃん、残念だけど、全然違うよ。今日は『イベント事』の日じゃないよ」 あれ? 思ってたのと反応が違う。 怒ってはいないけど、普段の彼女の反応だ。「うそー!?」 僕はそこで、自分が間違えたことに気づき、急に恥ずかしくなった。「いや、大切なことだから、もう一回はっきり言うけど、今日は『イベント事』の日と違うよ」「えっ、でも、だってちゃんと理由とかも、」「色々言いたいことはあるけど、そもそも理由が弱すぎるよ」 また、彼女はナチュラルに話を被せてきた。 甘えモードの時というより、『イベント事』の日の話になると、彼女はどうやら熱くなるようだ。「弱い?」 僕は意外な言葉に、そのまま聞き返した。「そう。日にちも間違ってるけど、理由が壊滅的に弱い。とにかく弱す
僕は彼女との出会いを改めて思い出した。忘れたことは一度もない。ただこうやって意識的に思い出すことで新たな発見があるかともと感じた。 あの時は、彼女のことを全く知らなかった。それでも恋をした。 『イベント事』の日が始まる前の僕も、彼女のことをあまり知らなかった。 でも、これから先もずっと一緒にいるのなら、相手のことをもっと積極的に知る必要があるとわかった。 今は付き合いたての頃より、彼女のことをどれだけ知れているのだろうか。 僕は最近彼女のために変わりたいと思うようになってきていた。 お花見の日から一日開けた次の日、僕は『イベント事』の日について、わかってきたことをまとめてみることにした。 僕は少しずつだけど、どんな日が彼女にとって『イベント事』の日になるのか、わかってきつつあった。 『イベント事』の日はまず、比較的みんなに知られている記念日で、なおかつみんなが楽しい気持ちになれる日が多い。 その日にうまく理由をつけて、『イベント事』の日にする傾向がよくある。 『合算』という荒技などをしてくるぐらいだから、今後もまだまだ完全に読めないことは確かだけど、少しだけなら予測はできる。 今日はエイプリルフールだ。きっと彼女は甘えてくるに違いないと、僕は確信していた。 『イベント事』の日の法則性が少しずつわかってきても、僕はなぜその日が『イベント事』の日になるのか彼女の言葉で聞きたかった。 それは、なぜ彼女が突然『きゅんとさせて』と言い始めたのか知るためだ。 彼女の考え方を知り、それを手がかりに彼女の抱えている問題を見つけたい。 昨日から和歌山に泊まっているから今僕たちはホテルにいる。 ケトルでお湯を沸かし、僕はコーヒーを飲みながら考えていた。 僕は一日に数回コーヒーを飲む。 普段は何をするのも彼女と一緒に行動しているけど、このコーヒーの時間だけは一人でゆっくりと味わっている。 でも、ふとわざわざ一人の時間をもらう必要性があるのかと疑問にも思った。二人で温かいものを一緒に飲んでもいいのだから。 まったりとしていると、いきなり後ろから彼女に抱きつかれた。「今日は『イベント事』の日だよん」 女性なら誰しも一度は憧れるバックハグ。 彼女はもしかしたら「女性が憧れるなら、男性も憧れるはず!」と思ったのだろう。 でも、残念ながら、彼
彼女の「過去に会いにいきたくなった」という言葉と散る桜は、僕に彼女が初めて出会った時のことを思い出させた。 今から、去年の四月末まで日付をさかのぽる。 僕は仕事の昼休みになると、いつも行く喫茶店があった。 軽食もあってお昼ごはんも食べられるし、何よりこの喫茶店はコーヒーがおいしかった。 僕はコーヒーが好きだ。 この店は、コーヒー豆にこだわっているとネットで書いていたので少し前に来た。それから味が気に入ってずっと通っている。 喫茶店は昔からある昭和を感じさせるお店だ。あまり装飾もない。さらに広くはなく、こじんまりとしている。 若者に媚びず、映えたりも全くしない。 でも静かで、時間がゆるやかに流れているように感じる。 気持ちの切り替えが苦手な僕にとって一人になり気持ちをリセットする意味でも、この喫茶店はとてもいいところだ。 彼女と初めて出会ったのは、この喫茶店だった。 僕がある日いつものように注文をした時、注文をとりに来てくれた店員さんが彼女だった。 その瞬間、一瞬で恋に落ちた。所謂一目惚れというものだ。顔ももちろんタイプだったけど、接客がとても丁寧で優しそうがにじみ出ていたから。さらに、彼女の雰囲気も、なんだか僕と似ていていいなあと感じた。 不思議なことだけど、何も彼女のことを知らないのに、その時彼女と歩む未来がはっきりと僕の頭に浮かんだ。 でも、よく彼女を見てみると、僕よりかなり若いようだ。 仮に何度か通い仲良くなったとしても、僕みたいな年上の男性が、告白したら彼女を困らせてしまうじゃないかと思った。 だから、僕は気持ちを抑えることにした。それでも彼女のことは気になって、喫茶店に行くといつの間にか彼女を目で追っていた。 感情をうまく整理できない日々が続いていると、不思議なことが起こった。 僕が注文をするために店員さんを呼ぶと、彼女が来た。それは別におかしなことではない。 でも、次の日も、その次の日も、注文をとりに来るのは必ず彼女だった。 もちろん、他にも店員さんはいるし、混み具合とかもあるのにだ。 そんなことは今までなかった。偶然というには、できすぎている気がする。 でも、臆病者の僕からはそのことについて触れることができなかった。 そんな日が、しばらく続いた。 それからさらに数日後、突然注文を聞き終えたのに、彼女が